ニコラ・テスラは、100年前にどこまで未来を見ていたのか

――フリーエネルギーを調べていて出会った、ある天才の思想

最近、私はフリーエネルギーについて考えることが増えた。

もしもエネルギーのコストが限りなくゼロに近づいたら、私たちの社会はどう変わるのだろうか。

電気代が下がれば、工場の生産コストは下がる。
農業では、温度管理や水の供給、照明、機械の稼働にかかる費用が下がる。
物流や建設、医療、飲食、観光など、あらゆる産業のコスト構造が変わるだろう。

さらにAIやロボットが、人間に代わって多くの仕事をするようになれば、物やサービスを生み出すために必要な費用は、今より大幅に下がるかもしれない。

そのような未来について考える中で、私はニコラ・テスラについて少し調べてみたいと思った。

ニコラ・テスラといえば、交流電流、モーター、無線通信など、現代社会の基礎となる数多くの発明に関わった天才として知られている。

また、電線を使わずに電気を送る無線送電を研究していた人物でもある。

フリーエネルギーという言葉に関心を持った人であれば、一度はその名前を目にしたことがあるのではないだろうか。

そこで私は、『ニコラ・テスラ 秘密の告白』という本を読んでみた。

300ページ弱ある本なので、ここですべてを紹介することはできない。

ただ、その中に、私が非常に強く惹かれた箇所があった。

読みながら、私は何度も思った。

これは本当に、100年以上前に書かれたものなのだろうか、と。

テスラは「電気」だけを考えていたのではない

私が最も驚いたのは、テスラがエネルギーというものを、単に電気や燃料の問題として捉えていなかったことである。

彼が考えていたのは、どうすれば「人類のエネルギー」を増大させることができるか、という非常に大きなテーマだった。

普通、エネルギーと聞くと、私たちは石油、石炭、原子力、太陽光、風力といったものを思い浮かべる。

しかし、テスラが見ていたのはそれだけではない。

人間の健康、食べ物、水、教育、労働、土地、森林、さらには社会の中で十分に活かされていない人々の能力までを、人類全体のエネルギーとして考えていたように感じる。

人間が不健康であれば、その人が持つ本来の力は発揮されない。

酒やたばこ、過度な刺激、暴飲暴食などによって心身を消耗すれば、人類全体の活動力も落ちていく。

反対に、良質な食べ物を取り、清潔な水を飲み、健康を保ち、教育を受け、それぞれの能力を発揮できる社会をつくれば、人類のエネルギーは増えていく。

テスラは、そのような視点から人間と社会を見ていた。

つまり彼にとって、エネルギー問題とは、発電所の出力を上げることだけではなかったのである。

人間が本来持つ力を無駄にしないこと。
自然が持つ力を壊さないこと。
社会の中で眠っている才能を活かすこと。

これらもすべて、人類のエネルギーを増大させる方法だったのだろう。

私はこの考え方を読んで、非常に共感した。

なぜなら、これからフリーエネルギーやAI、ロボットが普及したとしても、それだけで人間が幸せになるとは限らないと思っているからである。

技術が進めば、人間は幸せになるのか

例えば、電気代が無料に近くなったとする。

工場の生産コストが下がり、食品や日用品が安くなり、生活は今より豊かになるかもしれない。

AIロボットが働いてくれるようになれば、人間は過酷な労働から解放される可能性もある。

しかし、人間自身が不健康で、孤独で、生きる目的を見失っていたらどうだろう。

食べ物が安くなっても、何を食べればよいかを知らなければ、病気はなくならない。

働かなくても生活できるようになったとしても、自分が何のために生きているのか分からなければ、幸せを感じることは難しい。

技術は人間を助けることはできる。

しかし、人間の代わりに生きる意味を決めてくれるわけではない。

だからこそ、テスラが100年以上前に、食、水、健康、教育、自然環境まで含めて考えていたことに驚かされた。

彼は、技術だけを進歩させても、それを使う人間や社会が整っていなければ、本当の意味で人類は進歩しないと考えていたのではないだろうか。

地球そのものを利用して電気を送る

もう一つ、非常に印象に残ったのが、テスラの無線送電に関する考え方である。

私たちは現在、電気は電線を通して送るものだと考えている。

発電所で作られた電気は、送電線を通り、変電所を経て、家庭や工場へ届けられる。

しかしテスラは、電線を延ばしていくのではなく、地球や大気そのものを利用して、離れた場所へ電気や情報を送ることを考えていた。

地球全体を、巨大な電気の伝送装置のように捉えていたのである。

本の中では、テスラがさまざまな装置を作り、実験を重ね、失敗しながら改良していく様子が描かれている。

単なる空想ではない。

装置を作り、現象を観察し、原因を考え、さらに新しい仮説を立てる。

その繰り返しの中で、遠距離への無線通信や無線送電の可能性を追求していったことが分かる。

現代では、無線通信は当たり前になった。

スマートフォンを使えば、地球の反対側にいる人とも瞬時に話すことができる。

衛星通信によって、山間部や海上でも情報を受け取ることができる。

電気についても、スマートフォンや電気自動車への無線給電が研究されている。

さらに、宇宙空間で太陽光発電を行い、地上へエネルギーを送る宇宙太陽光発電の構想もある。

こうした技術を見ていると、人類は今、ようやくテスラが思い描いた世界の一部に近づき始めているように見える。

彼がすごいのは、現在存在する技術を少し改良したということではない。

まだ社会に存在していなかった仕組みを、根本から想像していたことである。

電線をどこまで延ばせばよいか、ではない。

そもそも電線を使わずに送れないか。

より大きな発電所を作れないか、ではない。

地球そのものをエネルギーの伝送に利用できないか。

問題を解決するとき、多くの人は今ある仕組みの延長で考える。

しかしテスラは、仕組みそのものを変えようとした。

発明家というより、文明の設計者

ニコラ・テスラの名前を知っていても、多くの人は彼を「優れた発明家」として捉えているのではないかと思う。

もちろん、それだけでも十分にすごい。

しかし、この本を読んで私が感じたのは、彼は単なる発明家ではなかったということだった。

彼が考えていたのは、一つの商品や一つの機械のことではない。

人類はこれから、どのような文明をつくるべきなのか。

科学は何のために使われるべきなのか。

エネルギーや情報を、一部の人だけではなく、地球上のあらゆる人へ届けることはできないか。

病気や貧困を減らし、人間が持つ能力をもっと活かせる社会をつくれないか。

彼は、技術を使って人類の未来そのものを設計しようとしていたのだと思う。

今の言葉で言えば、社会課題の解決や持続可能な社会の構築ということになるのかもしれない。

しかし、それを100年以上前に考えていたのである。

しかも、今のようにインターネットもなく、人工衛星もなく、コンピューターも存在しない時代だ。

未来の技術を予測したというだけでも驚く。

だが、それ以上に驚くのは、未来の技術が何のために必要なのかまで考えていたことである。

人類全体のための技術

現在の技術開発は、多くの場合、事業として成立するかどうかを前提に行われる。

どれだけ利益が出るのか。
投資を何年で回収できるのか。
どの市場を取るのか。
他社よりどれだけ優位に立てるのか。

企業である以上、それは当然のことである。

利益がなければ、研究を続けることも、社員を雇うこともできない。

一方で、利益だけを追えば、社会にとって本当に必要な技術が後回しにされることもある。

特に、エネルギー、食料、水、医療、教育といった分野は、人間の生存そのものに関わる。

これらが一部の人の利益や支配の道具になれば、技術が進歩しても、社会全体が豊かになるとは限らない。

テスラが見ていたのは、特定の企業や国家のための技術ではなく、人類全体のための技術だったのではないだろうか。

地球上のどこに住んでいても、情報とエネルギーを受け取ることができる。

貧しい地域でも、水や食料を確保することができる。

人間が健康に生き、それぞれの能力を発揮できる。

そのような未来を彼は思い描いていたように感じる。

これは、現在の私たちにとっても重要な視点だと思う。

AIやロボットが一部の企業の利益を増やすためだけに使われるのか。

それとも、人間を危険で過酷な労働から解放し、より豊かに生きるために使われるのか。

新しいエネルギー技術が、一部の国や企業に独占されるのか。

それとも、人類共有の基盤として使われるのか。

技術そのものに善悪はない。

それを誰が、何の目的で使うかによって、未来は大きく変わる。

私たちは、テスラの未来の入口に立っている

私は、フリーエネルギーについて知りたくて、ニコラ・テスラの本を手に取った。

初めは、無線送電の仕組みや、彼がどのような実験をしていたのかを知りたいという程度だった。

しかし、実際に読んでみると、そこに書かれていたのは、単なる発電技術や送電技術の話ではなかった。

人間の健康。
食と水。
教育。
自然環境。
社会制度。
遠隔地への情報とエネルギーの供給。
そして、未来の人類に何を残すのか。

彼が考えていたのは、人類の文明そのものだった。

100年以上前の人が、ここまで未来を見ていたことに驚かされる。

むしろ、今の私たちがようやく彼の問題意識に追いつき始めたと言った方がよいのかもしれない。

AIが急速に進歩し、ロボットが人間の仕事を代替し始め、エネルギーのあり方も大きく変わろうとしている。

これからの数十年で、社会の仕組みは、私たちが想像する以上に変わる可能性がある。

その時に必要なのは、どの技術が優れているかだけを議論することではない。

その技術によって、どのような社会をつくりたいのか。

人間は何のために生きるのか。

未来の子供たちに、どのような地球を残したいのか。

そこまで考える必要がある。

ニコラ・テスラは、100年以上前に、すでにその問いを投げかけていたのだと思う。

私はフリーエネルギーの技術を知りたくて本を読んだ。

しかし、そこで出会ったのは、発明家というより、人類の未来を考え続けた思想家だった。

私たちは今、ようやく彼が思い描いた未来の入口に立っているのかもしれない。